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おっとりと安泰なこの藩には珍しい、乱暴ながら奇妙な特長のある押し込み強盗が立て続いたのは、これがその一番最初じゃあないかという案件へまで逆上ると、実は結構な日にちが経ってもいて。というのも、最初の頃のそれはさほどに乱暴な手口じゃなかった。夜ばたらきでも蔵を破って目当ての太刀を盗み出すのみ、どうかすれば昼のうちに潜り込んでのこっそりと持ってゆくような場合もあって。向こうでも穏便に穏便に済まそうと構えていた観があったので、最近の荒っぽくも残酷な…自分らの姿を見た者は残らず斬るというような、残虐な手口の押し込みと同一犯とは思えなくって。ただ、盗まれたものを調べると、どの事件でも必ず太刀が消えている。最近の事件では金箱も必ず奪られていたのと、それほど名のある名刀ってんじゃあなし、押し込みに奪られたのだか、それともそれとは関係なく失くしたものか、判断がつかないほどだったのでと。些細なこととして、いちいち拾い上げなかったらしいのだが。
“…こうまで立て続いちゃあなぁ。”
どんなことでもいいから共通項はないかと、書面改めの担当者も総動員しての、隅から隅までを浚ったところが、そういえばと浮かび上がったのが妙な太刀の紛失だ。丸に掛け記号という変わった図柄の紋が、どこかに必ず刻まれてたり織り込まれてたり。昔のいつぞやにこういう模様が流行ったんじゃあないのかと、そういう事情通に問い合わせたが、そんな妙な紋は見たことがないと言われたので、これは怪しいと気づいたのが。この藩の町方や奉行にとっては、この何日かの内での話らしいが、
“まま、実務と並行して、
しかも権門相手じゃあそうそう手も出せねぇと来ちゃあ、
そのくらい遅れてもしょうがなかろうよ。”
そんな余裕のお言葉を、分厚い胸中にて呟いたお人がいるのは、とっぷりと陽も暮れた中に黒々とうずくまる影も陰気な、場末の大きなお屋敷跡地。結構な権門の屋敷か寮だったらしいのだが、そのどの部屋も薄暗いのは今現在住まう人がないからか。貧乏長屋じゃあそうはいかぬが、ここまでの屋敷なら夜通し起きてる“不寝番”をおくのが普通で。そんな気配が表からは感じられないということは、堅く閉ざされた大門が示すように、今は誰の住まいでもないということか…と。ここいらの数少ないご近所さんは、そんな風に解釈しているようだけれど。そんな屋敷だが、よっく見やると微かに微かに。奥向きのどこかで、誰か何かがうごめく気配がするし。耳を澄ましていたならば、風のうなり、風籟と間違えそうなほど小さくも微かに。下手なお念佛みたいに こごもった声が、どこからか @〜〜〜んと響いても来るのが聞き取れて。表を向いてる接してる部屋や間取りとはまた別の、奥まった回廊を進んでゆくと、パッと開ける視野の中、中庭の真ん中に奇妙な碑が立っており。角力が何人もかからねば動かせそうにないほどの大石が、なのに何か仕掛けでもあるものか、今は大きく脇へと退けられていて。置いてあった場所を示すのだろ、苔の輪の出来た敷石には、地下へと通じる石段が。
「一緒に行くか? 何ならそこで待っててもいいんだぜ?」
他には誰の姿もないってのに、そんな言いようをしたのは…あちこち擦り切れた墨染めの僧衣をまとっての、どこにでもいそうな雲水姿をした、屈強精悍な風貌のまだまだお若いお坊様であり。
「気がついていたのね。」
「まぁな。気配が無さ過ぎての薄ら寒かったもんでな。」
そちらさんもまた特に奇抜ないで立ちではない、深色の地の上へ、縞模様にも見える柳か若しくはかきつばた、そんな草花を織り出した小粋な袷をまとった女性で。漆黒の瞳が冷静に冴え、何とも知的な印象をその端正な表情へと滲ませている、いい年増のお姉様。
「時代劇だから仕方がないのでしょうけれど、
それでも、その“いい年増”っていうのは辞めて下さらない?」
あわわ…。でもだって、ほんの小娘の域を越した二十代の女性はみんな、婀娜な色香も小粋なところを褒める意味から、色っぽいねぇという意味で“年増”って言ったもんですが。
「………vv」
…はい判りました、気をつけます。(怖) それはともかく。読み手の皆様にはもはやお馴染み。ここグランド・ジパングの治安を守るべく、秘かに暗躍する麗しき黒百合。藩主コブラ様の勅命で動く、隠密のニコ・ロビン嬢が…筆者へと重ねてにっこり微笑って見せたそのお相手こそ、
公儀隠密のロロノア=ゾロという御仁。
事が起きたらそれへと向けて、どんな事件かを推量しつつ、訊き込みやら容疑者の洗い出しやら、捜査の段取りを綿密に組んで。ものによっては逮捕のための上の方へと許可をいただき、始まりから終わりまで、いかに正当な策を取ったかを書面に記してと、そんな案配での表立ってのお勤めをこなすのが奉行や町方であるのなら。段取り追ってちゃ間に合わない、想定外の悪意を封じるためにと。ちょいと強引な段取りを組んだり、不法侵入と変わりないよな、許可なくしてやっちゃあ犯罪にあたろう、俗に言う“超法規的な行為”をこなしてでも、直接悪事を暴き立て、真犯人をつるし上げての二度と同じ不幸が起きぬよにする、究極の“上意下達(トップダウン)”方式でコトにあたるメンツのことをば、今時だったら覆面捜査官なんてな言いようもあるかもしれない“Gメン”が、この時代だと彼らのような“隠密”にあたり。本来ならばきちんと順を踏んでのお調べをするのが筋なところ、だがだが それだと、身分の低い町方が立ち入ることなぞ出来ぬ場で、特権振りかざしての悪事を重ねる奴もいる。ご許可の申請待ってるうちに証拠を処分もされかねぬ。そこでと繰り出す隠し球のような存在なので、こちらも色々と法を飛び越えた行為をしており、それだけに公けへとしょっぴけないのも仕方がないが、その代わり“成敗”というきつい仕置きを受けにゃあならぬ。よって、相手がそりゃあお偉い将軍様だと判っていても、もはやこれまでと悪代官らが“出会え出会えっ”と家臣を呼んで斬らせようとするのであり。だからって、命令に従わないのは“士道不覚悟”と言われかねずじゃあ、
“いい迷惑だろうよな、家臣にしてみりゃ。”
まったくです。(う〜ん) 話が大きく逸れましたが。
「そっちは何たってお膝下だ。
前々から薄々と心当たりがあったんじゃねぇのか?」
昔むかしの大昔。とある一族の血が絶えたおりに、その秘密を守るため、替え玉の幼子をさらって来いと命じられた男が口封じに殺された。だが、そんな理不尽な話はないからと、さらわれた子供には障りはなかったが、その企みに加担した顔触れは次々に変死を遂げ、事情を知らぬ者らは、だからこその恐怖におびえていた。法力の高い僧侶が真相を見抜き、その怨霊を封じてから、その御霊(みたま)を一族の護神として祀りなさいとの助言をしてくれたらしいのだけれど。その一族はまだ続く祟りのせいか、当代が短命で、世継ぎを早く早くに作ってはギリギリつないできたらしく、
「そんな家系だからということからの、後づけの伝承かも知れぬが、
今の代に、それを間に受けた分家が出たらしいのだろ?」
呪われた御霊の祠に納められし首を検分に使えば、どちらの血が濃いかが判るという言い伝えを信じて、その祠を開ける鍵、開封の刀を血眼になって探しているとか。
「よそ者の俺がほじくり返してるようだからって重い腰を上げたのかい?」
「まさか。」
この案件は、本来だったら藩の内部の問題で。公儀隠密にはむしろ知られちゃいけない話のはず。それでと、こちらの坊様が動き出したことをば案じてという順番で、こうして探り始めた藩側であり、そうでもなかったら放置していたのかと問われたのへは、はんなり微笑っていなしたお姉様。
「ただ単に、悪霊だの呪いだの、あまりにも常識を越えた内容だったものだから。真相がそんな眉唾な言い伝えだったなんてところへまで、辿り着くのに時間が掛かっただけ。」
でしょうよね。どっかの誰かさんたちの場合は、その突拍子もない要素がそのまんまアフロヘアして転がってたのと縁が出来てという、とんでもないショートカット…もとへ、近道を踏んでの、そういう怪しい一件らしいと手が届きそうになっているのだし。ここいらには人の気配が外からも内からも届かぬ中庭に、そろりと降りた二人の隠密。片やはこの藩のお抱えで、もう片やは将軍様という、もう一段上の組織から送り出されている存在。言わば、州警察とFBIとか(おいおい)、地元の所轄署と県警本部から本部長ですとやって来た偉そうな捜査官という関係にもあたるわけで。(こらこら) とはいえ、
「不穏な動きを抱えてるような、不安定な藩ならば、
それもまた中央へ報告せにゃならない要素だからな。」
「あらあら。そんな建前、ホントはどうだっていいんじゃないの?」
あまりに実績を上げない怠け者。かと思えば、揉み消しに手のかかる騒動を起こしもする問題児だということで、あちこちをたらい回しにされたその挙句、こんな平和な藩へと左遷された公儀の隠密。その筋における表向きの肩書だけでいいのならと、その潜入を知ってすぐ、ほんの数日で調べたところ、手元へ集まったのは素性に関してのそんな悪評ばかり。だが、実際にその行動を見ていて気づいたのが、
“…将軍様が手放さないのが判るような気がする。”
どう言ったらいいのやら。刀さばきの腕は絶品で、体力も並外れたそれを保持する戦う男で。頭の中まで筋肉かといや そうでもない。綿密な下調べを元にした深慮遠謀がこなせもするし、何と言っても絶妙な恩情を粋にこなせる寛容さや鷹揚さを備え持っていて。ごくごく普通の“一団”に組み込まれると 使えない鼻つまみになってしまうが、単独行動で しかも好きなようにあたらせたならば。水をも漏らさずというのからは程遠いかもしれないが、それでも…関わった者らの胸がすく、颯爽とした顛末をもたらすことの出来る憎い人。文書に残しようがないところでの気の利いた働きが、こちらも実務担当だからこそ、いちいち拾えたその上で、苦笑が絶えなくなってしまうよな。そんな腕前をした隠密さんなものだから、
“だからこそ、ウチのような藩へ回されたのかもしれないわね。”
様々な悪行の数々を、大なり小なりいちいち荒立てての表沙汰にし、数え上げていちゃあ、しまいにゃあ世間の空気も荒んでしまう。のほのほ平和で安穏とした、お気楽な藩だということにしとこうじゃないかと、将軍様まで思っておいでの、ネバーランド…もとえ、桃源郷のような藩だということか。
「悪魔の実もそうだけれど、
現実から掛け離れた事件ばかりが起きてる藩だってことで、
あなたじゃないと扱い切れないと見なされているのか、それとも…。」
そういった上からの思惑は、彼にとっちゃあどうでもいいことに違いなく。ただ、
「どうにも放って置けない親分さんが、
細い細い双肩でこのご城下を支えておいでですものねぇ。」
「な、ば………何言ってやがるかなっ。////////////」
「今、馬鹿やろって言いかけた。」
「言ってねえよ。」
「ううん、焦って言いかけた。さては図星だったのねvv」
薄暗い庭先でもそれと判るほど、雄々しい首やら短く刈った髪では隠し切れない耳などなどが、真っ赤っかに染まってしまったお坊様。……どうでもいいけど、もちょっと緊迫してくれませんか? お二人さん。
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*やっとのことでご登場のお坊様でございます。
誰の話なんだか判らなくなるところでしたわ、いやホンマに。(苦笑)

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